倫勝寺の歴史


853年(仁寿3年)
慈覚大師がこの地を訪れて観世音の木像と地蔵尊の石像各1体を彫って安置。
以来参拝する人が絶えない。
その後
桧山安東氏の菩提寺である華厳宗国清寺を開山したといわれる在天文龍大和尚がこの観世音を本尊として新田山林昌寺を建立。
国清寺・・国の史跡、桧山安東氏城館跡の一つ
菅江真澄は著書『秋田風土記』で、倫勝寺が国清寺の跡であると記している。(→wikipedia

国清寺跡(国史跡) 

1563年(永禄3年)
松原補陀寺末山となり、補陀寺9世草庵瑞大和尚を勧請して華厳宗を改宗再興し曹洞宗となる。
1732年(亨保17年)
十三世金丈透鱗大和尚のときに白鶴山倫勝寺と号す。
昭和29年
1715年に建てられた大伽藍が焼失。
昭和48年
現在の本堂が庫裏、位牌堂と共に完成。


倫勝寺、ケヤキの老大木。
菅江真澄(1754-1829)が
「昔はこのあたりまで潮のみち来て、二井田の寺の二本の大木、一本を舟つなぎの槻(木)として千世経たり」と記したうちの一本。阿部比羅夫が蝦夷征伐の時舟をつないだと伝えられる。
伝樹齢1500年。落雷、台風によって現在の姿に。

倫勝寺のケヤキ群が、「木のある風景 能代八選」に選ばれました。


白鶴山 倫勝寺 という寺名の由来は、
大槻に白サギが巣を作り、優雅に舞い飛ぶさまから
「倫(たぐい)なく勝れて見ゆる寺林 風の音さえふとく波羅密」
の歌が生じ、そこから名付けられた。


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