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2008/5/1

 月に入り春がいよいよと思っておると、瞬く間に百花繚乱、言葉通り全ての花が一斉に芽をふくらませ、次々と花を咲かせて、あっという間に散ってしまいます。その花の間をキジや鳩、ウグイス、カラスまでも巣作りに忙しそうです。五月に入ると、当寺の脇を流れる用水路にも水が満々と流れ、特産の米作りが本格化いたします。お檀家さんに行っても「連休はどこかへ」などと聞くと「毎年行ったことはない。田んぼの代掻きの時期だもの」と返事が返ってきます。その時期その時期にあった作業を欠かすわけには生きません私も浮かれた気持ちを引き締められました。
 い先日、長野での聖火リレーが行われました。これほどまでに世界中の関心を集めたこともなかったでしょう。スポーツの世界最高といわれるイベントが少しねじ曲げられてしまった感です。長野善光寺といえば仏教のシンボル、宗教界の人のチベットの仏教に関しての発言は許されるべきでしょう。正しい判断と思います。スポーツの祭りに政治的力が加わってしまうと、いかにも利用されたという感じがし、妨害する側も守る側も、今少し冷静にオリンピックを見ていけたらと思います。主張すると相対するものが必ずあります。お互いを受け入れることこそ必要なことで、更にオリンピックでの勝負にこだわる選手に気力を奮い起こさせ、最後には勝者無く敗者無く、肩を抱き合う姿に感動したいものです。

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 て次は「無無明 亦 無無明尽 乃至無老死 亦 無老死尽」です。
ここでは十二因縁のことについて最初の無明から老死までも空と説明します。

無明− 煩悩を作り出す愚かさ、迷いということで本能の働きなどをいいます。
行 − 無明の心が引き起こす行いの表れで、種々関連した力が集まってきます。
識 − 人間の存在そのものが生じた瞬間
名色− 名は心を指し、色は肉体
六処− 眼鼻耳舌身意の六感が備わること
触 − 世間の様子を感じ取れること
受 − 思ったり、感じたりすること
愛 − 全てのことに愛着を持つこと
取 − 愛着を追求する心の執着
有 − 執着のための行動
生 − 迷いのある生
老死− 次々に遷り変わる様子

 この十二に分けられるように、我々が因縁によって過去、現在、未来にわたり生死流転していく様を説明してくれております。それはまさに苦として変転していくことを言います。その苦を安楽の境地に定住させるにはいかようにしたらいいかというと、この十二因縁の一つ一つをたどり、おのおのの相を滅却していくことです。苦を生む元の無明をも滅却してしまい、全てのとらわれから解放しなければいけません。


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